OFFICIAL SYMPOSIUM 1

大会企画シンポジウムⅠ

希望、正義、物語(ナラティブ)、今、私たちができること

キャリア関連3学会の連携企画シリーズ2

二極化が加速する今、人を支援することの意味と行動をあらためて問う

 コロナ禍もあり、これからの働き方、生き方は激変していくことが予想されます。非正規雇用割合の増加、平均所得の低下・・・、外的キャリアだけでみれば、2極化は加速していくでしょう。一方、、巷で叫ばれているさまざまな言説があります。「100年時代の人生戦略」(リンダ・グラットン)、「生涯現役であるために◯◯が必要・・・」、「これからはジョブ型雇用だ」・・・。「自律型キャリア」、「変幻自在のプロティアン・キャリア」、「生き残るためのリスキリング」なども流行語のように広まりつつあります。

 しかし、自律型キャリアは20年前から、「プロティアン・キャリア・・生涯を通じて生き続けるキャリア ( キャリアへの関係性アプローチ )」は2016年、「リスキリング」のもととなる考えの1つ、E・シャインの「キャリア・サバイバル」は2003年にはすでに翻訳が出版されています。

 この20年近く、なぜ「キャリア自律」は浸透してこなかったのでしょうか。海外輸入の概念は日本の精神風土と擦り合わせる過程が必要で、日本型の「メンバーシップ型」にも意味はあったし、すべてが「ジョブ型雇用」に耐えられる個人と組織とは限らない現状もあるでしょう。

 職場で「働かないオジサン」「残念なシニア」とよばれ居場所のみつからない人たちにも「物語」はあります。キャリア支援者は組織の置かれている状況も理解しながら、ひとりひとりの個人の「語りを聴く」ことも大事な仕事です。キャリア自律、ジョブ型、リスキリング等々、変化に適応して変わりなさい、変われないのはあなたの責任と問題なのだ、という組織のメッセージをそのまま伝えるのではなく、個人のサイドに立ってみるとどうでしょう。知らないうちにゴールを延ばされ、ルールを変えられ、ロスタイムだと思っていたら、さらにフルタイムで試合を続けなくてはならない、という状況でどんなつぶやきが聴かれるでしょうか。無念、不安、不信・・・
 モチベーションの低下は個人と組織に大きなマイナスですが、再生のヒントはどこにあるのでしょうか。支援者にできることはあるのでしょうか。私は「語り」を丁寧に聴くことで主体的行為者としての自分を取り戻すこと。そしてキャリア・メンタルにライフの視点を加えた統合的なアプローチではないかと思っています。

 当日はシンポジストの先生方と活発な議論ができたらいいと思っています。

下村氏は「Social Justice(社会的公正)」に着目され、こう述べています。
 北米モデルだけでない欧州、北欧型も含めて多様性、多文化性に開かれる必要がある。また社会、産業、企業の構造、仕組み、運用の問題と個人の適応の問題は分けて議論すべきである。
社会正義のキャリア支援の実践として、カウンセリング、エンパワメント、アドボカシーの3点を掲げ、1対1のカウンセリングはもちろん、そこから得た気づきを職場や学校、組織や社会へ働きかけていく支援者の役割が今後一層求められる。
「労働の人間化」(木村周)という言葉も、こうした状況の中、ますます重みを持って響いてきます。

玄田氏はニート、フリーター等就業機会に恵まれない人々の研究をされてきましたが、無業者、不安定雇用者、安定雇用者の間での移動が難しくなっている状況を「労働市場の多重構造化」とよんでいます。また、希望を抱くこと自体が難しくなっている時代の中ででこう述べます。
 希望は英語でHopeというが、Hope is a Wish for Something to Come True by Actionだと。希望には「気持ち(Wish)」と、自分にとっての大切な「何か(Something)」、それがどうすれば叶うのかという「実現(Come True)」に向けた手立て、そして何より自分の足で「行動(Action)」するという4つの柱から成り立っている。だから、本当は希望を持ちたいとしたら、その4つのうち、今の自分には何がみつかっていないかから、考えてみようよ、と伝える。 

シンポジスト

下村 英雄(しもむら・ひでお)
日本キャリア教育学会会長。労働政策研究・研修機構職業構造・職業指導部門副統括研究員。
筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。博士(心理学)。主著に『社会正義のキャリア支援-個人の支援から個を取り巻く社会に広がる支援へ』(図書文化社)、『成人キャリア発達とキャリアガイダンス:成人キャリア・コンサルティングの理論的・実践的・政策的基盤』労働政策研究・研修機構(平成26年度労働関係図書優秀賞)、『キャリア・コンストラクション ワークブック:不確かな時代を生き抜くためのキャリア心理学』(金子書房)、『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』(金子書房)など。国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士。

玄田 有史(げんだ・ゆうじ)
日本キャリアデザイン学会会長。東京大学社会科学研究所長。経済学博士。
1964年島根県生まれ。東京大学大学院経済学研究科退学。学習院大学経済学部教授等を経て、2007年より東京大学社会科学研究所教授。経済学博士。専門は労働経済学。著書に『仕事のなかの曖昧な不安』『ジョブ・クリエイション』『14歳からの仕事道』『希望のつくり方』等。編著に『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』『仕事から見た「2020年」』等。

廣川 進(ひろかわ・すすむ)
日本キャリア・カウンセリング学会会長 法政大学キャリアデザイン学部教授
大正大学大学院博士課程(臨床心理学専攻)修了(文学博士)。著書に『失業のキャリアカウンセリング』(金剛出版)、『成人発達臨床心理学 個と関係性からライフサイクルを観る』共著(ナカニシヤ出版)、『統合的心理臨床入門』(共編著)ミネルヴァ書房など。公認心理師、臨床心理士、シニア産業カウンセラー、2 級キャリア・コンサルティング技能士。日本産業ストレス学会理事。

モデレーター

野条 美貴(のじょう・みき)
日本キャリア・カウンセリング学会理事
目黒駅前メンタルクリニック キャリア部門スーパーバイザー。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。公認心理師、1級キャリアコンサルティング技能士。共編著:『ライフ・キャリア 人生100年時代の私らしい働き方』(金子書房)